名前は公共財

名前は公共財という考えがあります。

 

 

我々は普段漢字を使っています。そしてその恩恵を受け取っています。

 

 

漢字は長い歴史があり、そこで培われた読み方というものが存在するのです。

 

 

これらは日本人にとっての公共財と言えます。公共財を使う以上はルールを守るのは当然ではないでしょうか。

 

 

漢字で書かれたモノをルールにのっとって読む、そのルールは日本全国で統一されている。だからその呼んだ言葉を理解できる。

 

 

名付ける際に誰かが『その漢字の読み方は間違ってるよ』と指摘すると『私はそう読ませます』という人がいます。

 

 

これは正直、物凄くめんどくさいです。

 

 

例えばあなたが電車で新しくできた芸者駅に行く用事があるとします。芸者駅に行くのははじめてでどの乗換えを利用したらいいかわからず、駅員さんに質問します。

 

 

あなた「ゲイシャ駅ってどうやったらいけます?」

 

駅員さん「???はい?」

 

あなた「ですからゲイシャ駅ってどうやったらいけます?」

 

駅員さん「????」

 

あなた「だから!!!ココ、地図を指差す」

 

駅員さん「ああ・・。あきひさのことか」

 

あなた「はい!?アキヒサ???」

 

駅員さん「そうですよ。知らないんですかww」

 

あなた「は・・????なんでそんな呼び名なの?」

 

駅員さん「そう読んだほうがかっこいいからッス!!最近流行ってるんですよ!!遅れてますね、客さんww」

 

 

これをあなたはどう思います?読めない名前をつけられているということは他人からすればこんな感じなんですよ・・・。

 

 

このように漢字には公共性があり、名前もいわば人を特定する公共物なんです。駅と名前もその点から言えば同じなんです。

 

 

それをまったく類推すらできない読み方にしたら赤の他人は迷惑以外のなにものでもありません。

 

 

名前が読めないということは他人からすればただ迷惑なだけなんです。文字の読み方を個人が変えていいと考えるのは不遜で傲慢なことではないでしょうか。

 

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